ここ数年ずっと苦しんできている。正直生き地獄の様な感覚を味わっている。
何故かというと、”It didn’t feel right”だからだ。
人生の幸せを決めるものは決定的に、”feel right”かどうかだと思っている。
崇高な生き方かどうかかは兎も角として、「自分の進んでいる道は正しい、今いる場所は正しい」と思える事は、とても、いや一番に近いと言って良いほど大切な事である。
それこそが全ての苦しみを乗り越えるものなのだ。
自分の頭で考えることの欠点を唯一挙げるとすると、「自分の今やっている事は正しい事なのか?」と疑問を持ってしまう事だろう。これを「コンフォートゾーンに疑いを持つ事は大切な事だ」などと軽々しくいう人がいるが、問題はそこまで単純ではない。もちろん自分を疑う事は必要な事だとは思う。けれども、疑い続けると精神がすり減って来る。
思考停止でも良いから、「自分が今このまま頑張っているのは正しい事である」という確信は必要なのだ。
医者として働き始めてもそうだし、MBAを受験していてもそうだが、良くも悪くもエスタブリッシュの人たちはこの点においてはスペシャリストである。自分のやっている事を疑う事をあまりしない。これは僕は、あまりにも辛い劇薬なものなので、認知的不協和を掛けているのだと認識しているが、それが故に向こう見ずな努力が出来るのも一理ある。例えば非合理な当直や、商社や外銀のハードワーク。自分のしている事を疑わない訓練がされた人間はLinearなキャリアを好む。自分への否定度が少ないからだ。
ただ、僕は人が本当の意味で自分にあった事をするには、飛び跳ねる様なキャリアチェンジと、強い運、それを引き寄せる霊感が必要なのではないかという想いがとてもある。僕がある意味そうした人生を歩んできた(数年前までは歩んでこれた)というのが本質なのかもしれない。それが、社会に出た時から良くも悪くも極めて現時的になってしまった。結局上に言われた通りにシステムに乗り、そこそこの成果を出して、綺麗なレジュメを書き、良いMBAをとって、良い会社で昇進する。もしくは、医師として良い病院で良いシステムに乗ってそこそこの成果を出し、大学に戻って上級医に好かれ、PhDを言われたままに取得し、良い推薦状を書いてもらってポスドクで良い大学へ留学し、戻ってきて大学内のキャリアパスを歩むという話なのである。
こんな事は往往にして想像が付くが、あまりにもその視点が必要な場所が多過ぎて辟易としている、というか社会に適応できない真の原因はそこにあるのだ。ほとんどの人間とコミュニケーションをとるには、こうした前提の元に話さねばならないのだ。
僕は慶應大学医学部の卒業式に出席せず、その後の帝国ホテルの懇親会という極めてシステム側の権威色の強い場所で、Gパンと黒シャツを履いて一人でプレゼンした。その時に引用したのがこの言葉である。
もし、硬くて高い壁と、そこに叩きつけられている卵があったなら、私は常に卵の側に立つ。
村上春樹/エルサレム受賞スピーチ
今でも僕はこの精神を忘れていない。というか忘れる事など出来ない。
けれども、残念なことに、いや宿命なのか、このスピーチをして以来、「自分の進んでいる道は正しい」「自分のいる環境は正しい」という事を感じる事が出来なくなっている。
もう3年が経つ。
個人的な事なので、他人に相談して解決する事も出来ないし、論理的に解を出す事も難しい。
今ではこの言葉しか言う事が出来ない。
もうダメだ。