僕は幼少時から人の感覚に興味があった。人がどう感じ、どう物事を捉え、どう考えるかというプロセスはとても複雑でかつ本質的なものだった。それを知るには医学を学ぶのが一番であると思い、医学部に入学した。医学部では人の知覚の仕組みや脳科学などを科学的見地から学んだ。けれども、それだけでは、人の心に刺さるものを生み出すことはできないと感じ、ダブルダッチというパフォーマンスに精を出し、デザインスクールに行き、空間デザインやグラフィック、Webデザインというクラシカルデザインを学んだ。
今まで学んだ知識を実践に移したいと思い、医師を2年間やったが、そこでは「病気の治療」は行えたが、「人の感覚を拓い」たり、「新しいものを生み出す」ことはできなかった。そのため、2年間で辞め、HoloeyesというMixed Realityのスタートアップでインターンをしたり、JOMDDという医療機器インキュベータ、Save Medicalというデジタル糖尿病治療のスタートアップで経験を積んだ。新しいプロダクトを作ることはとても面白かった。カスタマーのことを考え、新しい技術を用いて課題を解決していくのは、刺激的でインパクトも大きかった。
けれども、医療の限界にも気づいてしまった。この50年間、医療は「病気の治療」によって発展してきた。結核などに対する抗菌薬から、降圧薬、経口糖尿病薬、抗がん剤/分子標的薬に到るまで多くの病気が克服されてきた。その結果として、人々の寿命は50歳から80歳まで伸びた。けれども、今後50年間その傾向は続かない。なぜなら、もう治すべき病気は少なく、これ以上の寿命の延長はそこまでのインパクトをもたらさないからだ。
人間は今後自分の体とどう向き合っていくのか?
ずっとそうしたことを考えている。一つは「人体の感覚の拡張」がある。五感を始めとした各感覚を拡張し、最終的には統合していくことになるだろう。もう一つは「人体のデータのとれる精度の向上」だ。ストレスや睡眠の質、創造的な状態、など今まで定性的であったことが、ビッグデータやバイオエンジニアリングの発展により定量的に観測できるようになるだろう。
もちろん「予防医療」という側面もある程度発展するだろうが、これは今までの「病気にならないために仕方なくやる」というアプローチでは実現しかねるだろう。最も有望なのがNianticのPokemon Goのようなエンターテイメント側からのアプローチである。「ヘルスケアにゲームを持ち込む」の良いのか「ゲームにヘルスケアを持ち込む」のが良いのか考えるが、後者の方が明らかに有望に思えて仕方ない。AARRRファネルで言うところの、ActivationとRetentionの側面(というかEngagement)が圧倒的に強いのだ。
この3つの事が、僕のヘルスケアの知識を活かした将来やりたいビジョンである。なんとかここまで言葉化する事が出来たが、これを具体的なプロダクトにするにはもう少し時間がかかりそう。具体的なスキルや知見も学ぶ必要がある。あまりにも抽象的なビジョンを抱きすぎると、具体に落とし込むのにとても疲れてしまう。まさにそうした状況を今経験している。
上手く次の「点」を見つけて飛び込む事が出来ればいいのだが。