あっという間に2024年も1/3が経過した。

ここ数年で最も早い時間の経過だった気もする。色んなビジネスアイデアを考えてはプロトタイプして友人に当ててみる、というのをやっていたが、あまりこれといった進展もなかった。仕事の方でもこれといって忙しい時期ではなく、それなりに物事を進めているという感じであった。

相変わらず停滞の時期に入っている。次の一歩が見出せる感じもないし、かといって今に満足しているわけでもない、といった感じだ。

最近考えているのが、身体知ということだ。自転車の運転のように、頭出なくて体で覚えるということだが、これは人生においてもあるなと感じた。とある起業家のPodcastを聴いていて思ったのだが、色々なスキルや自信は主に身体知から来るのではないか。身体知は気づいた瞬間に全てを理解して、それが戻ることはない。まさに自転車が乗れるようになった時のようにだ。

幸いなことに、PMをやり続けているが故に、プロダクトマネジメントに関しての身体知はこの数ヶ月でそういった感覚を得た気がする。ユーザーのことを考えて機能を定義し、デザイナーやエンジニアと働いて実装する、そしてそれをリリースして、データを分析する、広報チームやドキュメントチームと連携して認知を広げる。そうした一連の流れを何度か経験することで、「PMがやること」という抽象的なことを学べた気がする。一度身体知を得れば、どこへ行ってもできるという根拠のない自信が出来たし、それは2025年までに得ておきたい感覚の一つであったので嬉しいことであった。

一方で「儲ける」という商売の本質の身体知を得られていない自分にももやもやしている。最先端のテクノロジーの中で働くのは楽しい。常に新しいイノベーションが起き、好奇心が掻き立たれ、解くべき問題も難しい。一方で、それに取り組むことは、必ずしも人々の生活を良くすることと同値ではない。人はあくまで自分ごとの課題を解決したいのであり、特に新しい技術があるからといってなんでも使うものではない。お金を払うのはさらにハードルが高く、人間心理をかなり深いレベルで理解する必要がある。

プロダクト、そして会社はそうしたユーザーの求めるものを提供し、その対価として金を稼ぐために存在する。そうした一歩抽象度の高いレベルのものが理解できていないという焦りがある。身体知として、こうすればユーザーが金を払ってもらえる、という感覚がないのだ。

個人的に次の短中期的目標はこれを身につけるところなのだと思っている。もちろんマネージメントをするスキルや、PMとして出世する道などは重要であるが、起業家を目指すにあたっては、商売人としての感覚を身につけなければ、資金調達などで会社を大きくしたところで行き詰まるのである。今まで働いてきたスタートアップでこうした問題にぶち当たる所があまりにも多かったのは僕の危機感に影響を与えていると思う。向こう数ヶ月は、PMとしてチームをまとめて前向きにプロダクトをリリースするというスキルを伸ばすことをやろうと考えているが、2030年を見据えた際に、起業家として1兆円の会社を作るにあたっては、「稼ぐ」ということに向き合わなければならないと強く感じている。

人生上がったと思ったらまた一からの出直しになる。そういっているうちに年も重ねて子供も産まれることとなった。辛抱の若年期。これがいつか花開くことを願うのみだ。

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